トーマス・デマンド展

東京都現代美術館、2012年5月19日〜7月8日
海外現代作家個展、単独開催
鑑賞日:7月5日(木)

ある物体を別の素材で実物大に再現する。形体は写し取られる。表面の模様は、それに近い色調に代わる。そのテクスチャーは均一になる。その均一さは、選択された素材、紙のテクスチャーにしかなりようがない。この時点で、写し取られる前の物体の視触覚的な存在は、失われることになる。そして紙で外面だけを写し取られた物体は、重量も失われる。もはや元の物体が、形のみ正確に模倣されたもう一つの物体と並立するときに、その同一性を保持しているものはなにか。この危うい同一性。しかし、見た瞬間に人は同一性を認識し、差異を発見しようとする。その同一性と差異の往復運動の単純性から、自らが作り上げた新たな物体を作品へと昇華させるために写真がある。同一性と差異の往復運動の大きな梃子であるテクスチャーを、写真によって消滅させ、新たな物体とそれが存在する空間、さらには空間そのものを、写真のテクスチャーへと再変換する。この変換の際も、作品の根源である同一性は保持され、メディアの変換の繰り返しによって産みだされる差異は、危うさを解消し、架空の同一性を捏造する。人はこの架空の同一性、漂白されたかにみえる本来の物体の情報の存在、その情報が存在するという事実を鑑賞する。情報に厚みはない。しかし、その情報がどこからは発信されているかの手掛かりに、奥行きが発生する。しかし、その発信源に大きなメッセ―ジがないとしたら、もしくは発信源の選択にメッセージの重要性がないとしたら、情報の奥行き、その振幅、実体はなく気配にすぎないもの、にこそ、人は入り込む。

Thomas Demand  Museum of Contemporary Art Tokyo

Thomas Demand Museum of Contemporary Art Tokyo