生誕110年 海老原喜之助展ーエスプリと情熱ー

横須賀美術館、2015年2月7日〜4月5日
近代物故作家回顧展、公立館3館巡回、共催:東京新聞
鑑賞日:3月5日(木)

天と地の境はなく、ひじょうに希薄で澄んだ大気の向こうで、地から蒸発する物質と天から降りてくる物質とが等しく混ぜ合わされる。そのなかに位置する様々なものや人の営みは、天地の交わりが背景として機能しないために距離が失われ、大気の希薄さが厚い物質へと変換され画布に定着する。その眠りのなかで逆立つ髪の毛だけが、天地から分かたれたものであることを主張する。しかし、画家の眼は距離なき空間の厚みへと注がれる。厚みがないからこそ、描かねばならなかったのであるが、どうにもならないほど重く物質感をまとった大気が天から降りてきて地を圧迫している土地に帰ってきたとき、その視線は、けっして天とは交わらず対立する物質として存在する地表へと向かうことになった。そこに刻まれた人々の存在の痕跡に、存在なき物質の影を見る。空間は消され、すべてが表面として描かれ、距離は気配すら消して背後へと後退する。

海老原喜之助

海老原喜之助