宇佐美圭司 works 1959-1964

宇佐美圭司 works 1959-1964

南天子画廊、2025年7月4日〜8月2日

戦後物故作家画廊回顧展

鑑賞日:7月7日(月)

 

さて、どうしよう。絵を描くことに決めたが、どうも描いてはいけないらしい。描いて表出されるものに意味を求めてはいけないと人はいう。描かれた結果としての形象ではなく、描く行為が重要なのだともいわれるが、行為は形象を残す。描く行為を別の行為に置き換える方法に気づくのは、まだ先の話だ。今は、描きつつ、派生する何者かを押さえつけるしかない。押さえつけるために描き、描くことによって現れてくる。そのような堂々巡りの無意味な行為によって、なにができるのか。すると、無意味を発生させることこそが美術であると伝道師が伝えてきた。しかし、その言葉を真に受けてはいけない。今描くその筆の動きが言語でしかないという確証を得て、発生は不可避であると認識し、言葉を言葉で消そうとする。それは誰かがしたことの繰り返しであり、新しい言語の創出を目指す。描かれた形象ではなく描く行為が言語であるならば、描く以外の身体の動きは言語となる。その地平からもう一度絵を見る。